22.鮎×牡
食欲の秋はまだ先だけど、ここで1つ最近考えている”食”という概念に関する自分なりの想いを書いていく。
大前提として僕の両親は僕が小学生の時に離婚して今でも父親の元で暮らしている。
だからよく言うおふくろの味って概念がほぼ無く、おやじの味で育ってきた。
ただ父親は普通のサラリーマンだし、小中学生の当時は朝は食パン昼は父親が作ってくれたほぼ冷食の弁当、夜は俺と妹と父親の3人でローテーションで作っていた。
俺や妹が作る料理と言っても野菜炒めとかパスタとか簡単に出来るものばかり、特に当時は体を動かす部活だったこともありとにかく腹いっぱいになればいいと思ってた。
生活リズムもバラバラだから食卓を家族で囲んでご飯を食べるのは週末くらいのものだった。
だから食事に楽しみがあるって考え方があんまり分からず、どちらかというと食事は栄養摂取のためのもの、食べなきゃいけないから食べるって感じだった。
大学生になってからはサークルの友達や彼女ができたこともありみんなで食事をする機会が増えた。
そこで思った事は食事の場が楽しいとご飯が美味しいということ。
頻繁に飲みに行ったりしてるのも多分そういう事なんだと思う。
特に彼女とか好きな人とご飯を食べると胃袋も脳みそも喜ぶ、あぁ胃袋を掴まれるってこういうことなんだなって思った。
特に最近は味というよりも食生活自体を見直してて、そんなに踊ってない今3食食べると太るし、単純に空腹な方が頭も回るしいいなと思って。
ただ食は1番身近な娯楽だという話も聞いて、ただ抜くのも良くないなとか思ったり。
色々模索をしてる今日この頃です。
前置きはこんなもんで最近は落合陽一さんという方がNEWS PICKSというところで配信しているweekly ochiaiという動画をよく観ている。
その中で去年の秋に配信された、食欲の秋を語る、と題した動画を観ていたんだけどまぁ目から鱗だった。
食に限らず普段から基準値を自分の中に作っておくと複雑性があるものを楽しめるというような内容だった。
普段から食べても朝はインスタントラーメン、昼は蕎麦しか食わない自分なので下準備は出来ているはず。
割と食事はハマったものを食べ続ける傾向にあるので、そこに一食でいいから難しい味を転がしてみると楽しいんじゃないかと思って、最近は色々食べている。
この前はジビエ料理が並ぶ店に行って
鹿、猪、合鴨、兎、鶉、鮎
先日、築地まで行って
牡蠣、帆立、雲丹、魚全般
鮎や牡蠣は育った川や海を丸ごと食べるっていう複雑性を楽しむ、っていう事を落合陽一さんが言ってたけど、なるほどこれは確かに楽しい。そして間違いなく美味い。
命をはじからはじまで喰らい尽くすって感じ。甘味旨味から苦味酸味までぎゅーっと詰まっている感じ。美味くない訳がない。
特に2回とも彼女と一緒だったし飯も抜いていたこともあって、まあ舌と脳みそが敏感になっており、幸福度がとてつもなく高かった。
やっぱり衣食住という言葉もある通りに
服を着ること
食べること
寝ること
この満足度を上げていくことはとても大事だなぁと思ってる最近です。